• このエントリーをはてなブックマークに追加

メラトニンと昼夜逆転現象

2014.01.26

メラトニンと昼夜逆転現象 はコメントを受け付けていません。

メラトニンは主に松果体で産出され、夜間の分泌量が昼間より圧倒的に多く、ヒトの概日リズムや睡眠周期、いわゆる「生体時計」を司っていると言われ、時差ボケの予防薬として使われることがあります。またそれ自体にフリーラジカルのスカベンジ能力(抗酸化作用)があることも知られています。

 90年代、『驚異のメラトニン』『奇跡のホルモン、メラトニン』といった本がヒット、「老化防止・若返りのホルモン」「ガン、アルツハイマーに効く」「副作用のない万能薬」などとして米国を中心に大ブームを引き起こしました。米国では処方箋なしで廉価で手に入れられることもあり、かえって基礎的な研究が疎かにされてしまったきらいがあります。

 『メラトニン研究の最近の進歩』という本は、そんなメラトニンについての医学的基礎・臨床研究論文を集めたものです。一般向けのものではありませんが、化学的・分子生物学的相貌から内分泌・生物時計への影響、小児神経疾患・睡眠障害・Angelman症候群、レット症候群、高齢者不眠・アルツハイマー病・季節性感情障害などにおける臨床的データが収められていて、非常に面白く読めます。

 この本の中でも取り上げられているのですが、睡眠相後退症候群(DSPS : Delayed sleep phase syndrome)非24時間睡眠覚醒症候群(non-24 : Non-24-hour sleep-wake syndrome)という疾患があります。睡眠相が「昼夜逆転」ぎみにズレてしまったり、24時間周期に添わない不定型となり、修正できないケースです。誰でも長期休暇などで睡眠リズムが崩れることがありますが、通常の生活に戻れば、2、3日辛い思いをしてもおおよそは元に戻ります。しかし、中にはいくら努力しても社会的リズムに同調できず、生活上の支障をきたす場合があります。通常は夜間低下する深部体温が下がらない、生体時計をリセットする光に対する反応が低下あるいは過敏になる、網膜から視床下部下部への経路に障害がある、などの病態が指摘されています。睡眠障害に対する治療としては従来の睡眠薬や高照度光照射などが知られていますが、この本ではメラトニンの活用が検討されています。
 メラトニンは催眠作用があるだけでなく、睡眠リズムに深く関わり、位相を修正する働きがあります。時差ボケの予防に使われるのもこのためです。睡眠リズム障害は時差ボケと類似した側面があることから、就寝予定時刻の1-2時間前に服用するよう処方、その効果が報告されています。
 ちなみに、時差ボケは日>米などの東方移動の場合に深刻とされていますが、これはヒトのリズムがおよそ25時間で、光や社会的刺激により毎日前方修正されることで成り立っていることによります。怠惰な暮らしをしていて就寝時間が遅くズレこんでいくことは誰でも経験があるでしょうが、逆に自然に早くなることはあまりありません。
 
 診療を受けるほど深刻でない場合でも、少なくない人たちが乱れた生活リズムに苦しんでいるのではないでしょうか。不眠を訴える方でも、まったく眠れないわけではなく睡眠相のズレが根底にあり、無理に寝ようとしても浅い睡眠しか得られず、結果として精神作業能力の低下などを招いてしまっているケースがあるように思えます。
 多少ムリをしてでも昼間起き、光を浴びて軽い運動をする(昼間に体温を上昇させることで、夜間の深部体温が下がりやすくなります)といった対処は当然ですが、どうしても寝つけない場合、従来の睡眠薬の代わりにメラトニンを使ってみる、という選択肢があり得ます。

 本書にはメラトニンとdiazepamなどのベンゾジアゼピン系睡眠薬の対照研究も収録されており、ベンゾジアゼピン系が覚醒に関わる神経機構を抑制することで催眠するのに対しメラトニンは睡眠に関与する機構を賦活する、という説が検討されています。夜間投与ではメラトニンの効果はベンゾジアゼピンに劣り(内因メラトニンが元々夜間に分泌されるため)、神経症的色彩が強いケースではベンゾジアゼピンに軍配が上がるようです。
 一方で、睡眠リズム障害の要素が大きい場合は、メラトニンを第一選択する意義は少なくないでしょう。ベンゾジアゼピン系は「睡眠薬の減量・中止に誤解 隔日法の服用で不眠再燃」で触れた通り依存性があり、減薬の仕方や一部での濫用が問題にされています。
 当然ながら、不眠が深刻な場合は精神科・心療内科を受診し、きちんとした診療を受けることが第一です。しかし残念ながら、現在の日本でメラトニンが処方の選択に入れられる場合はまずありません(そもそも保険適応の処方薬として認可されていない)。ネット上などで簡単に入手できるのですが、自己判断をお勧めするわけではありません。様々な事情から受診自体が難しい場合もあるでしょうし、知識をもって冷静に対応して頂きたいのです。

 例えば、ベンゾジアゼピン系には確かに依存性がありますが、アルコールに比べればはるかに安全です。一部の週刊誌的報道に見られるような「飛べる」薬では決してありません(多少「酔った」感じはありますが、例えばハルシオンでサイケな幻覚が見えたりすることは絶対ありません)。私見では、ベンゾジアゼピンに対する不正確な知識により、「飛べるかも」などと手に入れて濫用依存に陥ったり、逆に薬を恐れるあまり過度に診療を控えてしまったり、最悪「病院や薬はイヤだから」とお酒に頼ってしまうことこそ問題だと思います。

 一時のブームでは「副作用がない」などとされていましたが、まったくゼロということはありえません。ただ、従来の睡眠薬やアルコール等に比べれば、遥かに少ないのは間違いないようです。性腺抑制などを指摘する声がありますが、本書収録の研究では血清プロラクチン値が多少上昇しただけとのことです(高プロラクチン血症は乳汁分泌、無排卵月経、男性の女性化乳房などの症状があり得ますが、通常のメラトニン服用ではまず問題ないでしょう)。もちろん、適量を守る必要はあります。「メラトニン中毒の症例」というページでは、メラトニンの大量服用による自殺企図、という非常に珍しいケースが報告されていますので、参照してみて下さい。

 メラトニンの効果はかなり個人差が大きいのですが、老化と共に内因分泌が低下するため、40歳以下の場合0.5mg-1mg程度を就寝予定時刻30分から1時間前ほどに服用することから始めるべきでしょう。睡眠相の改善ということを考えれば就寝希望時刻より予定時刻を決めて定刻に使うべきですし、またその方が効果的なようです。効かなければ少しずつ増量してみたら良いですが、自己判断で3mg以上服用するのは控えた方が良いと思います。

 一般に入手容易なメラトニンは速攻型製剤で、服用30分ほどで血中濃度がピークに達し、1時間程度で半減します。そのため催眠作用のみに注目するなら、中途覚醒が深刻な場合には適さないはずなのですが、位相同調作用を鑑みると通常の短時間型睡眠薬と同様に考えることはできません。持効型製剤やカプセルも存在します。ちなみに、武田製薬によりメラトニン受容体アゴニストの治験が進行中のようなので(Ramelteon TAK-375)、近い将来にこちらが処方薬として登場する可能性もあります。

 「寝覚めが良い」とされるメラトニンですが、多く飲み過ぎるとやはり次の日に残ります。ただこの場合も、アルコールやベンゾジアゼピン系のような不快な残り方ではなく、「お天気がいいからお昼寝したい」感じの純粋な眠気です。もちろん、どんな理由でも眠いと困りますし、万が一にも寝過ごしては大変ですから、平日は一応控えています。わたし個人の場合、さらに少量でも大丈夫そうです。

 余談ですが、メラトニンブームの火付け役となった一般向け書籍『驚異のメラトニン』の日本語版は、『バカの壁』の養老孟司さんが監訳されています。その序文には「この本がセンセーショナルであることは承知しているが、そのような形で話題にされないと予算獲得も厳しい科学研究の現実を示す意義はある」といった内容があります。おそらく原著者も書いてある中身ほど「魔法の薬」だとは考えていなかったのでは、と推測します。ちなみに養老さんご自身は「余程の必要のない限り薬は飲まない主義」とのことです。

コメントは利用できません。